多職種連携教育(IPE)で学ぶ
患者・利用者を中心とする
ケアの重要性。

令和4(2022)年12月、立正大学社会福祉学部の初の試みとして、第1回多職種連携教育(IPE)が実施されました。多職種連携教育とは、患者・利用者を中心とするケアサービスを提供するために欠かせない、保健・医療・福祉分野の連携の重要性を学ぶものです。今回は、埼玉県北地域の看護と理学療法、社会福祉という3分野、埼玉県立高等看護学院と埼玉医療福祉専門学校、および本学部の3校の学生が熊谷キャンパスに集い、多職種連携教育が実現しました。その様子をお伝えします。

はじめに「多職種連携教育」とは

多職種連携教育(IPE:Interprofessional Educationの略)は、保健・医療・福祉などの分野の専門職がチームを組んで互いに連携し、患者や利用者に質の高いケアサービスを提供することを目指し、互いの専門性や責務、連携の重要性について学び合うことを指します。専門職連携教育とも呼ばれています。

高度に複雑化・細分化された現代の医療や社会福祉において、患者・利用者の生活の質(QOL: Quality of Life)の維持向上には、専門職側の連携が欠かせません。

この20年間で、日本でも多職種連携教育を取り入れる教育機関が少しずつ増加してきました。近年では、国の通達により、チーム医療や地域包括ケアの実現に向けて、専門職養成カリキュラムに多職種連携教育を取り入れることが位置づけられています。

今回、埼玉県立高等看護学院様からお声がけいただき、看護師・理学療法士・社会福祉士の養成校の協働により、多職種連携教育を実施する運びとなりました。

多職種連携教育の実施概要

日時
2022年12月17日(土)13:30~16:30
会場
立正大学(熊谷キャンパス)1号館 1101教室および1301~1306教室
参加者数
学生110名、教員28名 合計138名
<内訳>
埼玉県立高等看護学院(学生59名、教員19名)
埼玉医療福祉専門学校(学生31名、教員5名)
立正大学 社会福祉学部 社会福祉学科(学生20名、教員4名)
演習実施方法
事例を用いたグループワークおよび発表
全16グループ
1グループは6~8名(各校の学生)+ファシリテーター1名(教員)
当日のスケジュール
自己紹介:15分
グループワーク:100分
成果物による発表:40分
講評:10分
事例紹介
概要:60代の男性Aさん
脳血管障害で片麻痺があり、急性期病院に入院中の患者で在宅療養を希望

多職種連携教育 演習の様子

自己紹介

演習開始の30分前くらいから、学生が集まり始めました。受付を済ませた学生は、それぞれ座席を案内され、階上の教室へと向かいます。男女比はほぼ半々です。少しずつ集まってくる学生のほとんどが初対面ということで、同じテーブルに座りながらも、どことなく落ち着かない素振りを見せる学生や、小声で友人と話す学生などが見受けられます。しかし、社会人になれば、初対面の人とチームを組んで仕事をすることは決して珍しくありません。

自己紹介は、自己紹介シートを使って行われました。学年と氏名に加えて、趣味、特技、将来の夢、自己アピールを各自あらかじめ記入しており、それを発表しています。皆さんは緊張のためか、ぎこちなく、時折聞こえる拍手もまばらです。中には早くに自己紹介を終え、次の事例確認に進むグループもありました。

学習する事例の確認

学習する事例の確認では、誰か一人が代表して事例を読み上げている姿がよく見られました。今回のグループワークでは、どのようにグループワークを進めるかということも含めて、学生に任されます。事例の読み上げが終わると、一人ずつ意見を話すグループもあれば、積極的に発言してメンバーを引っ張っていく人がいるグループもありました。事例確認を終えると、グループワークへと進みます。

グループワーク

グループワークの目標は、事例に対する共通理解を深め、多職種による支援目標を導き出すことです。Aさんと家族が「できること」と「できないこと」を整理するところから始まりました。付箋にひとつずつ意見やアイデアなどを書いてまとめていく、KJ法で話し合いを進めます。

看護学生からは、Aさんについて「医療スタッフや妻と適切なコミュニケーションが取れるか」「自分で薬が飲めるか」「一人で食事ができるか」などの懸念が示されました。特に妻が術後で、妻自身も通院を必要とすることから、妻の負担が大きくなり過ぎないようサポートする必要があるのではないかとの指摘がありました。

理学療法を学ぶ学生からは、Aさんについて「2階までの階段歩行ができるのか」「トイレまでの歩行ができないのではないか」「感覚障害があり、転倒などでケガをしても自分では気づけないのではないか」「リハビリが必要ではないか」などが、次々と指摘されます。

社会福祉を学ぶ本学の学生からは、「介護保険で対応できる範囲とできないことを明確にすること」「Aさんは1階で生活できないか」「住宅改修が必要なのはどのような箇所か」などの意見が出ていました。娘の結婚式を控えているのだから、結婚式に参加することを目標にプランを立てたらいいのではないかなど、Aさんの気持ちに寄り添う提案も見受けられました。

次に、Aさんと家族に対して、それぞれの立場から「できること」とは何かについて話し合いを進めます。このあたりまで来ると、自己紹介のときのような緊張やぎこちなさはすっかり取れ、チームとして機能し始めます。

看護学生からはAさんへの「食事指導や服薬指導」に加えて、妻にもAさんの食事と服薬サポートのための指導を行ったほうがよいのではないかという意見が出ていました。妻自身の回復もあり、負担の軽減のために何ができるかについて話し合うグループも見られました。

Aさんの「布団からの立ち上がり」「トイレ歩行」「2Fとの往復に必要な階段昇降」などについての考えを表明したのは、理学療法を学ぶ学生です。妻には、歩行のサポートなど、Aさんへの介助指導が必要なのではないかという意見もありました。

社会福祉からは、妻が一人ですべてを抱え込むようにしてはいけないということから、長男夫婦に協力を求めることや、Aさんの友人や地域のボランティアなどとの関わりなどのアイデアが出されました。

Aさんは在宅生活を希望しているものの、本人の状態や妻の負担を考慮すると、すぐに希望を叶えることはできそうにありません。どのようにして本人の希望に添うよう話を進めて行けるのか、どのような代案があるのかなど、それぞれの立場からの考察や、ときに他分野へ踏み込んだ質問や意見を出すなどしながら、活発に議論していました。

最後に、Aさんと家族が「自分たちの力で暮らすために必要な支援」とは何かについて、それぞれの立場から意見を述べます。発表に向けて、付箋を見つめたり並べ替えたりしながら話し合い、チームとして一緒に考える様子が見られました。

看護からは、すぐに病院に戻ってこなくてもいいように、Aさんにリハビリを受けるよう説得したいが、どのようにしたらいいのかなどの課題が提示されました。今は急性期の病院にいるので、リハビリを受けて回復期の病院へ転院し、自宅へ帰るほうがいいのではないかなどといった意見もあがりました。

リハビリもあちらこちらのグループで論点になっていましたが、回復の見込みがあるならリハビリを受けた方がよいという意見が理学療法から出ていました。生活スペースは2階ではなく1階のほうが、Aさんも家族も負担が少ないのではないかとの指摘もありました。

社会福祉からは、経済的な支柱を失い金銭面の不安があると思われるので、介護保険で賄えるサービスや住宅改修の提案、急な入院や治療に必要な経済的支援・資金の工面に使える制度の案内などの必要性について意見が出されました。

発表

100分間のグループワークを終えた学生は、発表を迎えます。4グループずつ4会場に分かれ、各グループとも質疑応答を含めた持ち時間10分で成果を伝えます。どのグループから発表するか、各グループでは誰がどのように発表するか、まとめ方も発表の仕方もすべて学生が決めました。実際の発表では、3分野から代表者が発表するケースが多く、最後に一人ずつ感想を述べるグループもありました。

ディスカッションの内容はもちろんのこと、多職種チームとして「できたこと」と「できなかったこと」もそれぞれ発表されました。できたこととして挙げられたものには、「それぞれの視点から意見が出された」「専門的な知識を共有できた」「気づきや学びが多かった」「相手の意見を否定せずにディスカッションできた」などがありました。

その一方で、「できなかったこと」の中には、「他分野の学生からの質問に上手く答えられなかった」「知識不足を感じた」「他の分野に頼りすぎた」「社会資源が何かまだよく分かっていない」「ディスカッションの時間配分ができなかった」などの声があがっていました。

講評

ファシリテーターを務めた先生方の講評をご紹介します。

社会福祉学部 社会福祉学科 学科主任
森田 久美子先生
学生たちは初めて顔を合わせる者もおり、どのようにコミュニケーションをとったらよいか戸惑っているようでした。しかし、ファシリテーターの教員が見守る中、少しずつ話し合えるようになっていきました。事例についての共通理解を図る過程で、なぜそのように理解したのか判断の根拠を尋ね合い、その判断根拠のバックにあるそれぞれの専門性について学ぶことができていました。
ときに、知識の不足から互いに相手の意見について理解できずぶつかることもありましたが、丁寧に聴き合うことを通じてその困難も解消していったようです。相手の方の理解の根拠が分かったときの得心のいった様子が印象的でした。
埼玉県立高等看護学院 教務課 担当部長
栗原 由子先生
私たちは、メンバーたちがやりやすいように環境を整え、ほんの少しの助言と見守りをしただけです。メンバーたちも試行錯誤の中進めていましたが、話し合いの中心には必ず患者さんがいました。メンバーが各職種の強みを活かして取り組む姿は、すでに立派な連携でした。このように、互いに理解を深め、リスペクトしあいながら協働できる仲間になれるよう、メンバーたちのさらなる成長を期待します。

参加学生の声

次は、参加学生の感想です。

立正大学

3年生
Sさん
病院のMSW(医療ソーシャルワーカー)を目指しています。実習を受けた病院で学んだことを活かせるのではないかと思ったことと、ほかの職種の皆さんの考え方を学びたくて参加しました。
自分の場合、患者さんの家族や生活を重視してしまいがちですが、他分野は体の機能や回復するために必要なことについてたくさん考えています。その視点の違いがとても勉強になりました。
3年生
Mさん
将来、福祉の道に進もうとしているため、参加しようと思いました。その職種ならではの意見や提案を聞いてみたいと思っていたことと、学んでいる分野の違う学生との交流は楽しみにしていました。初めてお会いする方と、どこまで事例に対して会話を重ねられるかの期待はありました。 実際に多職種連携演習に参加して、看護師・理学療法士からの意見や提案は社会福祉士には思いつかなかったり、想像が難しい部分がありました。多職種での連携を叶える基盤にあるのは「信頼関係」です。互いの専門性を尊重し合い、分からなければ素直に説明を求めたり聞き返したりすることも連携を取っていくにあたって必要な行動であることを学びました。

埼玉県立高等看護学院

2年生
Kさん
在宅看護を学んでいます。患者さんにどういう問題が起こって、どういう支援が必要になるか考えるとき、自分は看護だけに限られてしまいます。社会福祉や理学療法など、専門外の方と学生のうちに交流できるということで参加しました。
ソーシャルワーカーや理学療法士はどのような視点で患者さんを見ているか勉強になりました。お互いが持っている知識と不足している知識を補い合いながら、事例について学生なりにアセスメントできたのではないかと思います。
2年生
Aさん
看護師の視点だけでなく、理学療法士や社会福祉士の視点を知ることで、自分の看護の幅が広がること。また、現在、在宅看護の重要性が高まっているため、在宅での多職種間の連携について知りたいと思い参加しました。
同じゴールに向けた関わりだとしても、看護師、理学療法士、社会福祉士の視点や役割は異なっていて、多職種で関わるからこそ、療養者・家族の望みに近い生活を提供することができると学びました。

埼玉医療福祉専門学校

3年生
Fさん
面白そうだったのと、近くて参加しやすかったため参加しました。両親が転勤族なので、知らない人とコミュニケーションを取るのが得意で、初めての人と話すのが好きです。
自分はPTの卵で、その目線でしか話せませんでしたが、他分野は意見や発言、着眼点がそれぞれに大きく異なると感じました。短時間で目標設定する人がいて、刺激になり、よかったと思います。
3年生
Kさん
多職種連携が必要と実習で聞いていて、実際どのようなものか知りたくて参加しました。もっと上手に人と関われるようになりたいという自分の課題もあり、色々な学校の人と話してみたいと思いました。
話し合いの進め方をスムーズに決められなかったのが、社会に出たときに、方向性の違う人同士が話す難しさのひとつだと学びました。看護ではメンタルケアも視野にあり、社会福祉では家族の生活や制度も知っていることが学びになりました。この経験を活かして、もっと成長したいです。
3年生
Kさん
病院で働きたくて、実習で学んだのは、多職種の方が一人の患者さんに関わり、さまざまな情報を共有していることでした。ほかの分野の方がどんな視点でどのような考え方をしているのか知りたくて、参加しました。今後に活かせる学びがあるのではないかと期待してきました。
ソーシャルワーカーは、患者さんの社会的役割や家族状況も考え、看護師は服薬などを管理すると知り、視点が広がったように思います。

教員の声

最後に、先生方のコメントをご紹介します。

埼玉県立高等看護学院

教務課 次長兼教務課長
紫藤 隆先生

療養の実際が病院完結から地域へ移行する中、看護師の活動の場も大きく広がっています。看護師が地域で活動するためには、多職種間での連携が不可欠です。保健医療福祉に関わる専門職は、それぞれ大切にしている価値観に基づいて行動しています。

多職種連携教育の構築は、基礎教育の段階から「多職種の価値観を知る機会を作れないか」という願いから始まりました。文字どおりゼロからの出発でしたが、立正大学・埼玉医療福祉専門学校の両校が、御快諾くださりこの事業を実現させることができました。

実際に意見交換をする学生たちを目の当たりにして、今回の多職種連携教育は、学生たちの将来に向けて価値ある機会になったと確信しています。

教務課 主任
清水 朋子先生

令和4年度から改正された新カリキュラムにおいては、多職種連携の実践を求められています。当学院では、来年度からこのテーマを教育に導入するため、今年度は2校のご協力の下、試行的事業として開催しました。

今回の事業では、社会福祉士、理学療法士、という違う立場からの意見や、アドバイス等のディスカッションを通じて、新しい知識の獲得、保健・医療・福祉との連携・協働の重要性を実感できる有意義な時間となりました。

多職種連携教育は、地域共生社会の実現に向け、地域で生活する人に目を向けた目標達成や課題解決を考える機会につながります。来年度から本格実施となるこの事業が、今から楽しみです。

埼玉医療福祉専門学校

理学療法学科 副校長
大和田 和彦先生

埼玉県立高等看護学院様、立正大学様の協力のもとそれぞれの職業を目指す学生が意見を交換する貴重な機会に登校も参加させていただけたことを感謝しております。

見学させていただいて、相手の意見を尊重する姿勢と、活発に意見を出し合う様子が印象的でした。それぞれ専門職を目指す学生が自身の専門性にとらわれず、情報を等しく扱う経験ができたことがよかったと思います。

立正大学

社会福祉学部 社会福祉学科 学科主任
森田 久美子先生
近年、少子高齢化の進展や地域のつながりの脆弱化に伴い、家族の直面する課題は複合化し、複雑化しています。このような中、家族一人ひとりのウェルビーイングを促進するために、家族を中心に置いて、一人ひとりの家族を支援する諸機関や専門職が連携し、協働していくことの必要性が高まっています。
一方、多職種との連携や協働について、どのような態度で向かい合い、どのようなスキルを用いていくのかについての教育は、ソーシャルワークを学ぶ学生と教員との間で行うことはできても、本学の学生と他の専門家を目指す学生とで共に行うことはできていませんでした。今回、埼玉県立高等看護学院様にお声がけをいただき、看護師および理学療法士、ソーシャルワーカーを目指す学生が集まり、事例の家族を中心に置いて共に考える貴重な機会をいただき感謝しています。
また、多職種連携教育での演習を通じて、学生たちが相互のやりとりを通じて、それぞれ持つ専門性に気づき、知り、尊重し合いつつ協働することについて、考えられる機会になって欲しいと思います。

今後の3校のIPE発展に期待

立正大学社会福祉学部社会福祉学科 新井利民

今回の多職種連携演習に参加した学生は、それぞれとても生き生きした表情で学習をしており、終了後には名残惜しそうに帰っていく姿が印象的でした。また、企画にかかわった先生方も、学生が相互に学び合う様子をみて、とても感銘を受けていた様子です。
現在、日本の中では、同一の養成校の学部・学科が協働して多職種連携教育を行っている事例は数多くありますが、学校の垣根を越えて実施しているものは多くはなく、モデル的な取り組みとして注目されることになるでしょう。今後も立正大学社会福祉学部、埼玉県立高等看護学院、埼玉医療福専門学校の三校の協働により、この取り組みをさらに発展させていきます。